2018年5月のバックナンバー

疑心暗鬼

東京へ帰る新幹線から、雪の消えた富士山が見えます。

私には、富士山が夏になったな・・・と思えただけでしたが、前の席に座った人が「あっ!富士山だ!写真 写真!」とちょっとどんどん走る窓にむかって鞄をガサゴソとしています。きっと西から東京方面への初旅なのかな・・・。私も初めて熊本から上京したとき、前の席の人と同じように、あっ!富士山と心が騒いだのを思い出しました。

今日は朝から韓国と北朝鮮のトップ対談のニュース、北朝鮮とトランプの対談なるか? のニュースでいっぱいでした。

北朝鮮の核廃棄が争点のよう・・・。勿論、核廃止は大きな大切な問題だと思います。でもアメリカは核を保有したまま、核を無くさなければ次の話進まずというのは難しい交渉でしょうね。

なぜ、核を持つ国が譲らず、核廃棄がなされないのか、もう一度考えなければとおもう。

地球の皆んな、互いを尊重しあい優しく過ごせることを願いながら、富士山を見る石川です。

石川さゆり

西城秀樹さんの死を悼む

西城秀樹さんの悲しい知らせを聞きました。

歌の番組がいっぱいあった1970年代、今とは比べものにならないくらい先輩や、ヒット曲に沸き立つアイドルも新人も、毎日のようにテレビ局のスタジオや公開放送で顔を合わせました。

新御三家のお三人も生放送や収録の間にも取材を受けたりしながら、皆んなどんなに若くてもくたくたに疲れていたのに、そんな中でも海のように大らかで明るく皆んなに声をかけていたのが秀樹さんでした。

数年前、私達の乗っていた新幹線に途中の郡山から西城さん達も乗って来られました。二階の席にスタッフの方に寄りかかりながら上がってこられました。お互いにコンサートの帰りでした。「西城くん、体調はいかがですか」というと「うん、まぁまぁ・・・」と言いながら、疲れた顔を以前のような笑顔に変えてくれました。

1970年代後半 阿久悠先生と三木たかし先生で西城秀樹さんも石川も同時期にアルバム制作がおこなわれていて、三木先生が「これ秀樹の歌だよ」と聴かせて下さったことも思い出しました。

西城秀樹さんあまりに早いお別れ、同じ時代を懸命に歌い走り行きましたね。寂しく思います。でも大拍手です。

どうぞ、阿久先生や三木先生とまた歌を楽しんで下さいませ。

心より御冥福をお祈り致します


石川さゆり

夏のような暑さの中

皐月晴れを通りこして、暑い一日でした。

午前中 チョイと運動?しなくてはと歩きに行きました。

ふと、公演で遊ぶ保育園の3歳くらいの可愛らしい6人の子供たちと

二人の若い保育士さんに遭遇。一人の男の子が先生に注意を受けています。

他の子たちは、スベリ台であそんでいます。つい先生と男の子の様子を鉄棒でストレッチしているふりをして聞いていましたら先生が、「お約束を守れない子は、あそべないのよ。」

男の子は大きな声で「びえ〜ん」先生「泣いてもダメよ!お約束できる?」男の子はより大きな声で「うぇ〜〜ん」。先生、沈黙・・・。男の子は「う、え~ん」。やがてピタリと泣くのをやめて、「わかり・・・まった」。そして先生とお友達のいるスベリ台へ歩いて行きました。

二人の後ろ姿を見ながら、こんな小さな子も一生懸命に社会のルール?を教えられ頑張って過ごしているんだ。涙出そうになりました。

お母さんは、保育園にあずけて仕事に行っているのかな? 大人だけじゃないよ、子供たちも毎日大変なんだ! 子供は親の決める毎日にがんばっているよ。と思いました。

先日、NHKうたコン で働く母「ヨイトマケの唄」を歌いましたが、いつの時代も親も子もそれぞれに、一生懸命に過ごしているのだな〜と感じました。

思わず、「おーいちびっ子、応援してるよー」と抱きしめたい気持ちいっぱいになりました。

子供たちが幸せに成長できるのを思いながら公園を後にしました。


石川さゆり

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